19世紀ごろのヨーロッパでは,いろいろのボールゲームか各民族の文化遺産として伝承され,多数存在していた。もちろん,ハンドボール競技の原型となるよ.うなボールゲームも各国独自にあった( 注)。そのような状況下で, 20世紀に入り,統一的規則を制定し世界的な影響力を持つようになったのが, ド イツで始められた11 人制ハンドボールであり,テンマークで始められた7人制ハンドボールであった。
19世紀の終わり頃から, “RAFF BALL" (ラフ・ボール)と言う,男性のためのラグビーに似たボールケームが盛んになされていた。1915年,ベルリ ンの女性体育指導者Max Heisure (マックス・ヘイジュア)は, “RAFF BALL" を改良して女性にもできるボールゲームを作った。これか後に“TOR BALL" (トーア・ボール)と呼ばれるものであった。このTOR BALL は, 20mX40m のコート,高さ2m・幅2.50mのゴール, 4mのゴールエリアライ ンを持っていた。競技規則としては,ボールを持って走ること, 3 秒以上ボー ルを持つこと,相手ボールを奪うことか禁止され,ボールは投け渡しによって のみ前方に進めることかできた。
1919年,ベルリンの体育教師Carl Schelenz (カール・シェレンツ)は, TOR BALL を基にして,女性だけでな〈男性や青少年にも楽しめるような 規則を作り指導を行った。この競技は, 80m X40m のコート,高さ2.10m ・幅 5 m のゴール, 8m のゴールエリアラインを持ち,オフサイドラインもゴー ルから16.Sm 離れて設定された。大きな競技規則上の変化は,ボールを持っ て3 歩走れること,相手側の手からボールをはたき落としてもよいことなどで あり, ドイツでの11 人制ハンドボール競技の成立をみるに至った。ところで, カール・シェレンツはこの競技に2 つの価値を与えた